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Champion Forever」  


去年の亀山ダムでの井手さん

TOP50土師ダム戦プリプラにて

プリプラの後で行ったシ−バス釣り

こっちはTOP50の旧吉野川戦のプリプラの後でのカサゴ釣り…

二人で撮ったお気に入りの一枚

最後に撮った写真かな…亀山ダムでDVDロケのプラクティスにて。

        「親友」
   小森 嗣彦

 2002年、私がワールドプロになってある程度の成績が安定して残せるようになってきた4年目のシーズンに井手さんがこのカテゴリーにあがってきました。実はこの時、私と井手さんとは二、三回の会話しかしたことなく、まだ面識がほとんどありませんでした。しかし他のシリーズで何度も見たことある井手さんの強さはすでに知っていましたし、前年のマスターズ決勝戦では横でボコボコ釣られ火だるまにされました(まさかこの後一緒に行動をする関係になるとは思いもしませんでしたが…)。この人は自分より確実に上に行く人だと感じさせるものがありました

 私はこの時、年間10位くらいを毎年彷徨っていました。お立ちに立つこともなく、これくらいが私の限界かなと感じていました。
当時のワールドは、勝つ人は圧倒的な強さを持ってますし、年間の上位陣も決まった顔でした。そんな限界を感じながら、いつか順位が落ちていくのではないかとか、いつまでプロを続けていくのかなど、いつも悩んでいました。
そんな時、比較的一人で行動している井手さんは接しやすく、近くにいてこの強さを見届ければ自分に諦めがつくかもしれない、そう思って私は井手さんに近づきました。
いつも一人で行動していた私と、どういう訳か気が合ってくれたようで、気がつけば2戦目くらいからはもう食事など一緒に行動をしてました。
 トーナメントトレイルを共にしていると、メシ、風呂、寝るところなど、プラクティスを合わせ年間100日くらいと、家族や恋人より一緒にいることになります。
近くにいると井手さんは私の想像を超えるような宇宙人ではなく、意外と似ているところがあって安心しました。
そして何もすることのないプラクティスでの車中泊、釣りだけでなく遊びや仕事の話など、色々と語り合いました。話していると井手さんはクールな様で実に人間味のあるでした。ムキになると声が裏返るのですぐわかります。でも優しくて、ぶつかっても最後はいつも降りてくれます。また、いつも準備や片付けに非常に時間がかかる私にもいつも合わせてくれました。「ちょっと暑苦しいけど、コモの熱いとこれがすきやねん」って、どこかでもめごと(笑)起こすたびに言ってくれました。
そんな彼の優しさには今でも本当に感謝しています。

 この年、彼は私の予想どおり上位へいき、本当に宇宙人しか到達できないと思っていたワールドチャンプまで獲得したのです。
井手さんのおかげでそれが意外と身近なことに気付き、今までの悩みが消えました。霞ヶ浦で初めてお立ち台にも立てました。
だから井手さんの年間のタイトルが決まったときは自分のコトのように嬉しかったのを覚えています。
 それから4年間、行動を共にしてきました。スキーとか飲み会とか遊びにもたくさん行きましたが、あるとき「結局一番楽しいのは釣りやね」と言うと「だいたいそんな感じやね」とうなずいていました。ずっと見ていて私よりはるかに釣り好きな人でした。シーバスやイカ、ロックフィッシュ、イワナなど散々バス以外も釣りに行きました。昼間プラして夜どうし海釣りなんてこともよくやりました。私は遊びに意欲的で行動力には自信があったのですが、井手さんには勝てなさそうでした。
井手さんはそんな人でした。


 亡くなる直前、中止になった旭川ダムのプリブラクティス、いつも意欲的にプラをしていた私は初めてプラに行きませんでした。昨年からの低迷、スランプで少し試合へのアプローチを変えたかったことや、今年から生活の基盤として選んだガイド業があったからです。予算がなかったのも理由にありました。プラに行かないと言ったら井手さんはちょっと冷たい返事でした。
今まで井手さんは私の試合に対する姿勢をみて、敵でいながら応援してくれていたのです。トーナメントが大好きだった井手さんには、私がトーナメントに情熱をなくしているように見えたのだと思います。

そして亡くなる前日まで琵琶湖で大好きなバストーナメントをしていた…命を懸けてるって簡単には言えませんが、彼は本当にバストーナメントを愛し、命を懸けていたのだと改めて思います。
結局それから会わずにお別れになってしまいましたが、ですから井手さんには伝えておきたかった。私はトーナメントは今でも大好きだし、出るからには情熱的に頑張りますよ。井手さんに負けないように。「まぁせいぜい頑張りや〜コモには絶対負けへんわ」って声が聞こえます…。

思い起こせば色々なエピソードがあり、何を書こうか迷ってしまいました。ホントに最近は迷うことばかりです。トーナメントのプラいつから行こうかとか、何持っていこうかとか、試合の作戦はこれでいいのかとか。今までそのほとんどを井手さんと相談していたのですから、迷うのも仕方ないですが。でもそのたび「コモの好きにしたらええやん」って優しい声が聞こえてくるのです。
井手さんの分も頑張りる、そんな月並みなことをここで言っても、本当に彼の分も頑張ったかなんて、残念ながらプロの世界では結果でしか伝わりません。
でも私の姿をみて、もし頑張ってるなっと思ってくださったら、その向こうに井手さんの姿を重ねてくれれば幸いです。


 今でも1週間に2度くらいのペースで井手さんが夢に出てきて「コモごめんなーホンマは生きてんねん」って話してくるので、そのたびに「誤らんでええから、よかったよ」って涙で目が覚めるのです。
一生忘れることのできない親友に出会えたこと、バストーナメントを通じてすばらしい生きざまを見せてもらったこと、数々の思い出をくれた井手さんに心から感謝し御冥福をお祈りします。

(2005/09/20)